魂が目覚める時

たましいのこと色々と話そう

精神論はいらない

突拍子もないタイトルですが、少しお話させてください。

現代の宗教と聞くと、皆さん何を思い浮かべるでしょう。

それはまず「教え」ではないでしょうか。

それぞれの団体が、何を神とし、教祖とし、教典とし、善行とするか。

そして信者は、それを学び、実行することを喜びとします。

 

愛、平和、平等、共存、慈悲、助け合い、といったテーマは、尊いものとされています。

宗教は、そのようなテーマに基づいた教えによって、人々の暮らしを支えています。

宗教を持ったからといって、すべての人が幸せになるわけではありません。理不尽なこともあれば、不幸にもなります。

そういう時に、宗教の教えが、人々の心を支えます。信者同士の助け合いも貴重です。

宗教とは、人々の生活の支えになっているのです。

 

そういう観点から考えると、霊魂学というのは、宗教ではないと感じるのです。

教祖や教典という存在がないという点だけでも、宗教としては成り立たないように思います。

では、霊魂学とは何なのか、を考えると、それは、研究や観察を続け真実を求め続ける科学のほうに似ていると思っています。

愛、平和、平等、慈悲、助け合い・・・そういったテーマを否定するのではありません。

科学も、そういったテーマを軸にしているわけではなくても、否定してはいません。

ただ、科学は科学のやり方で真実を追求し、その過程、その結果が、人類にとってプラスになれば、そう思って活動されているはずです。

霊魂学を客観的に見ると、そういう要素が多いように思うのです。

人間の性質、それは物質だけでなく霊的なものも含まれていて、その性質がどう変化し、どのような影響を受け、どういう過程を経て成長していくのか、あるいは後退していくのか、そういうことを事実として追及し、対処しようとしているのです。

そしてその手段として、霊的存在から助けを得ているのです。

すべてが、霊的な要素を土台にしているから、それを良しとしない人から見れば、単なる思想・信仰と捉えられるのです。

単に、霊的存在が証明されておらず、人々に認められていないからという理由のみで、それは、科学的追求として見られることはありません。

けれども、霊魂学のアプローチは、精神論ではなく、教えでもなく、真実の追求と対策です。

これは、宗教や哲学や道徳、人種や文化を超えて、発展しなければならない分野だと思っています。

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